チャンドラセカール限界(3)
前回求めたレーン=エムデン方程式
を解くことにしよう。
この方程式は2階の微分方程式なので、初期条件がふたつ必要だ。θ の定義から
なので、中心 ξ=0 で θ=1。
また、星の密度分布はなめらかなはずだ。特に星の中心での密度勾配 gradρ は連続でなければならない。この条件は r=0 で dρ/dr=0、ξ,θで書くと ξ=0 で dθ/dξ=0 になる。
まとめると、初期条件
の下で微分方程式を解くべきだということになる。
レーン=エムデン方程式は n=0,1,5 の場合以外解析解が知られていないので、それ以外は数値積分で解を求めることになる。それにはレーン=エムデン方程式を導いた一歩手前の θ,ωの方程式に戻るのが便利だ。式を多少変形して
の連立微分方程式をルンゲ・クッタなどで解けばよい。
ところがこれを ξ=0 から解こうとしてそのまま積分ルーチンに突っ込んでもうまくいかない。ξ=0 で dθ/dξ の右辺の分母がゼロになるからだ。
そこで、中心付近の解を
の形に展開して、係数 を手計算で求めておく。
θの展開で ξ の 0次、1次の係数が 1, 0 になるのは初期条件から。3次以上の奇数次の係数がゼロになるのは計算してみれば分かる。式が見にくくなるからここではばっさり省略。
( の展開には を使った)
上の2式をレーン=エムデン方程式に代入して係数を比較すると
これから、 の順に計算していく。結果は
となるので、ξ=0 付近で
理屈上はいくらでも高次の項まで計算できるが、見ての通りどんどん複雑化していくし、計算してもあまり意味がないのでこの辺にしておく。
中心から少し離れたところで、この式から θ, ω を求め、そこから数値積分を始めればよい。
以下 n=3 に限定して書く。
微分方程式を解いていくと、θ=0、つまり密度がゼロになる点に到達する。ここが星の表面で、このときの値を とする。数値積分の結果は、小数点以下10桁まで書くと
となる。この値を得るには、ルンゲ・クッタなら、ξ=1/16 から数値積分を初めて、刻み幅は Δξ=1/256 で十分だ。(2の冪乗の逆数なのは単なる趣味。)
これから星の全質量 を求めることができる(今までの記法を踏襲すれば、 ではなく と書くべきだが、こう書く理由は以下で明らかになる)。前回の ω の定義から
は前回の計算から
だったので、今考えている n=3 の場合はちょうど中心密度への依存性がなくなる特別な場合であることが分かる。
の式に n=3 の場合の を代入して、前に求めた K の式を使って整理すると
また、星の半径 と中心密度との関係は
通常の恒星の進化の終末に作られる白色矮星ではどれも はほぼ 2 なので、今考えてる完全縮退で電子のエネルギーが相対論的という場合には、白色矮星の質量は、半径などの星の他の物理量によらず、物理定数のみで決まってしまう。つまり、今の近似の下では、どの白色矮星も同じ質量になる。
また、どのような半径でも力学平衡解(レーン=エムデン方程式の解)が存在するので、星の半径は好きな値を取れる。この星をつぶすと元の大きさにもどらず、つぶれたままになってしまう。星が質量降着などで新たな質量を獲得すると、無限に収縮していってしまうということになる。(実際には核反応に点火して爆発するか、原子核が電子を吸収して中性子星になる)
今考えている白色矮星がこのような特異な性質を持つのは n=3 という特別な値だからなのだが、微視的な物理から決まる n の値が、星という巨視的な物体の特異な性質を導くのは偶然なんだろうけど、不思議だ。
現実の白色矮星には色々な質量のものがあるが、軽い白色矮星に質量を足していくと、物質が高密度になり、高密度の下では今回考えた近似が成立するので、質量 は白色矮星の上限質量を与えていると考えられる。
この白色矮星の上限質量 をチャンドラセカール限界、または、チャンドラセカール質量と言う。
として、 を陽子の質量として計算すると
ここで は太陽質量。
が恒星の質量と同じオーダーというのも面白い。恒星の質量は光年単位の大きさの冷たいガスの物理で決まるはずなので、これも偶然のはずなのだが。
とかなら、今宇宙にある白色矮星は全部つぶれてしまっているところだった。
最後に、英語版 Wikipedia の Chandrasekhar Limit の項を見ると、 はプランク質量 を使って
と書けるとある。(まあ、 から質量の次元を持つ量を作るとなると、 の組み合わせしかないわけだが)
というのも何か謎めいている。